9月30日、Stripeが東京で開催した「Stripe Tour Tokyo 2026」に参加した。午前は招待制のスタートアップ向けCxOランチに出た。その内容はkafkai.comのレポートにまとめている。本記事では、午後のファイヤーサイドチャットを紹介する。
登壇したのは、DeNAの代表取締役社長兼CEO、南場智子氏だ。聞き手は、Stripe共同創業者で社長のジョン・コリソン氏。45分の対談で、テーマはAI時代の組織、日本経済、そしてリーダーシップだった。AIを導入する側の経営者にも、AIで働き方が変わりつつある働き手にも役に立つ話だったので、ここで共有したい。
なぜCEOに戻ったのか
南場氏は1999年にDeNAを創業し、再びCEOとして経営の最前線に戻った。冒頭、コリソン氏が「なぜ戻ったのか」と聞くと、南場氏は「説明には45分かかる」と笑ってから、短く答えた。
DeNAに、もう一度勢いを取り戻したい。DeNAを、起業家にとって最も居心地のよい会社に変えたい。そして、そのエネルギーを大きな事業づくりにつなげたい。この3つだそうだ。
AIを全社に入れても、人は動かなかった
南場氏は以前、DeNAが「AIにオールイン」すると宣言した。AIを全社に大規模に導入し、社員の半分を新規事業の立ち上げに移す、という計画だ。
結果は、半分成功で、半分失敗だった。DeNAはテック企業なので、AIの導入に心理的な抵抗はなかった。全員がAIを使い始め、少ない人数でより多くの仕事をこなせるようになった。
ところが、既存事業から新規事業への人の移動は起きなかった。理由は単純だ。空いた時間で、みんながさらに多くの仕事をしたからだ。その仕事も大事なものではあった。しかし、それまではその仕事をしなくても会社は回っていた。つまり、増えたのは「追加の仕事」だった。
南場氏はここから教訓を得た。「先に人を動かす。少なくとも、AIの導入と同時に動かす」ことだ。準備が整うのを待っていたら、いつまでも整わない。先に人を動かせば、多少こぼれる仕事があっても、組織はそこから学ぶ。DeNAは今、この方針で実際に人を動かし始めている。まだ道半ばだという。
この話は、多くの会社に当てはまると私は思う。AIで生産性が上がっても、それだけでは新しいことは始まらない。浮いた時間は、放っておけば既存の仕事に吸収される。
変化は外から持ち込み、変え続ける力は中に残す
では、どうやって組織を変えたのか。南場氏が紹介したのは、少人数の「AI SWATチーム」だ。
このチームが各事業部に入り、事業部長と一緒に課題を解く。2〜3日の合宿のような形で、解くべき重要な課題を特定し、一緒に形にする。成果は、生産性の向上か、これまでできなかったことの実現のどちらかだ。まず目に見える成果を示すことが大事だった、と南場氏は話した。
例として挙がったのが法務部門だ。法務の人たちは当初、自分たちの仕事はAIで簡単には置き換えられないと身構えていた。しかし実際には、それほど重要でない仕事が大量にあった。そこをAIが引き受けたことで、法務の人たちは複雑で難しい案件に集中できるようになった。コリソン氏も、Stripeの法務チームはAIの導入にとても積極的だったと応じた。法務の仕事は公開された規制やルールが中心で、すべてテキストなので、AIと相性がよいからだ。
カスタマーサクセス、品質保証、一部のオペレーションは、AIを使う前提でゼロから作り直したという。ただし、難しい点がある。AIの技術は毎日変わる。そのため、最適なオペレーションの形も変わり続ける。
南場氏が強調したのは、最初は外からAIチームが入って仕組みを変えても、その後は現場の人たちが自分で変え続けられる力を残すことだ。「今日完璧な解決策でも、固めてしまえば1週間後には古くなる」という言葉が印象に残った。今のDeNAでは、カスタマーサポートに限らず、誰もが自分の課題を解くためのソフトウェアを自分で作れるようになっているという。
新卒の採用は、むしろ増やしている
AIが若手の仕事を奪う、という議論がある。議事録を取るような基礎的な仕事をAIがするようになり、若手を育てる機会がなくなる、という主張だ。実際、AIの影響を受けやすい業界では、若年層の雇用がわずかに減ったという研究もある。
南場氏の見方は逆だった。DeNAは新卒採用を増やしている。若い人のほうがAIを使いこなし、主体性(エージェンシー)があり、センスがあり、革新的だからだ。議事録を取らせて育てる必要もない。すぐに戦力になるという。
日本に必要なのは、労働の流動性
コリソン氏は、日本経済と日本企業がAIにうまく適応するには何が必要か、と聞いた。
南場氏が最初に挙げたのは、労働の流動性だ。AIは毎日進歩している。AIが得意なことと、人間がまだ得意なことの境界線も、毎日動いている。その変化に追いつけるのは、労働の流動性が高い経済だ。米国では古い会社が退場し、新しいスタートアップが次々に生まれ、人がすばやく移る。それでも、境界線の変化に追いつくのに半年ほどかかっている、と南場氏は見ている。
一方、日本の労働流動性は非常に低く、「ほぼ固まっている」状態だ。規制の問題もあれば、何十年も続いてきた職場の慣習の問題もある。何十年も前からの課題だが、AIの時代には、さらに深刻な問題になる。
南場氏はもう1つ、考え方の転換も求めた。フロンティアのAIモデルを作っているのは、米国(実質的には西海岸、サンフランシスコ周辺)と中国だけだ。しかし、だから日本にはビジネスの機会が少ない、と考えるべきではない。すべての産業と、個人の生活のすべてが変わる。モデルを作る会社が、そのすべての機会を取れるはずがない。機会は顧客の最前線、つまり応用AIの領域にある。そして、すべてが変わる混乱期は、既存の大企業よりもスタートアップや挑戦者に有利だ。
この点は、NHKでの松尾豊教授の講義とも重なる。日本がAIでどう戦うかを考えるとき、モデル開発の競争だけを見る必要はない。
DeNAの本業は「ビジネスファクトリー」
DeNAは、野球、ゲーム、ヘルスケア、AIと、事業が多岐にわたる。「本業は何か」とよく聞かれるそうだ。南場氏の答えは「ビジネスファクトリー」だった。
DeNAは新しい事業を作り続ける。作った事業の半分は自社で持ち続け、半分は売却する。南場氏はこれを「社内にY Combinatorがあるようなもの」と表現した。ただし、Y Combinatorは事業を所有しない。DeNAは選んで所有する。この2つを組み合わせることが、DeNAの本業だ。
事業を社内に残すか、外に出すかの基準も明確だった。その事業が生み出す「デライト(喜び)」が、DeNAの中と外のどちらで最大になるか。具体的には、DeNAの資産とリソースで成長させられると判断すれば、社内に残す。
ビジネスファクトリーをうまく回すために必要なのは、挑戦者と起業家を引きつけることだ。そのためにDeNAは、いくつかの仕組みを用意している。
- 社内で新しいプロダクトを成功させた人に、社外で成功した場合に近い報酬を用意する。社内にはVCがおらず、株式によるリターンがないからだ。
- DeNAを離れて起業する人には、DeNAが最初の出資者になる。社内か社外かは問わない。つながっていることが大事だという考え方だ。
- 投資のコミットメントと基準を明確にする。今どの領域に注目しているか、どういう基準で投資し、どういう基準で撤退するかを、参加する人に最初から示す。事業を続けないと決めた場合は、その事業を持って外に出ることもできる。
今注目している領域は、応用AIだ。消費者向けと企業向けの両方が対象になる。1〜2年後には、フィジカルAI(ロボットなど、現実世界で動くAI)に重点が移るかもしれないという。
事業が増えるほど、CEOがすべてを把握することはできなくなる。AIの助けがあっても難しい、と南場氏は率直に話した。だから南場氏は、DeNAを1つの「エコシステム」として捉えている。シリコンバレーにも、すべてを理解している「市長」はいない。それでも、人と情報の流れが保たれ、エコシステムがバランスよく機能していれば、全体は回る。その流れを保つことがCEOの仕事だ、というのが南場氏の考えだ。
日本企業のAI活用 導入はした、成果はまだ
コリソン氏からは、日本企業のAI活用の現状についても質問があった。南場氏によると、AIをまったく使っていない大企業は、もう見当たらない。どこも組織全体にAIを導入している。ただし、目に見える成果が出始めた会社は、まだ少数だ。
コリソン氏は米国の状況を紹介した。大企業のカスタマーサービスに問い合わせると、今はまずチャットボットが出てくる。以前なら「人につないでほしい」と思ったものだ。今は「人ではなく、チャットボットと話したい。そのほうが賢いから」と思うようになった、という。
「導入」と「成果」の差は、企業の78%がAIを導入済みというマッキンゼーの調査でも見えていたことだ。道具を入れることと、仕事のやり方を変えることは、別の話である。前半の「AIを入れても人は動かなかった」という南場氏の話は、この差がどこから来るのかをよく説明している。
AIを「チーフ・オブ・スタッフ」にする
個人的に一番具体的で面白かったのは、南場氏自身のAIの使い方だ。
南場氏は、AIエージェントを、コミュニケーションツール、データベース、カレンダーなど、すべてにつないでいる。社内の会議は1日平均15件ほどある。AIエージェントは、その1つ1つについて完璧な準備をしてくれるという。たとえば週次の会議なら、前回自分がどんな指示を出したか、何をやると約束したかをまとめてくれる。ToDoリストもエージェントが管理し、終わるまで南場氏を追いかけてくる。
コリソン氏が「つまり、Claudeがあなたのチーフ・オブ・スタッフですね」と言うと、南場氏はうなずいた。「15年前より効率的かもしれない」「AIなしでは、今の仕事はできていない」とも話していた。
CEOに戻ると、戦略を立てるだけでなく、それを実行する必要がある。実行には、人との大量のやり取りが伴う。その負荷を支えているのがAIだ、という話だった。
決める人から、仕組みをつくる人へ
15年前にCEOだったときと比べて、リーダーシップは変わったか。この質問に、南場氏は「とても変わった」と答えた。
15年前の南場氏は、決める人だった。すべてを自分で決めることが責任だと考えていた。今は、決定が適切に行われること、情報が適切に共有されること、必要な人がデータを使えることに重きを置いている。すべてを自分で決めるより、その仕組みが機能しているかを確かめるほうが健全だ、という考えだ。
もう1つの変化は、組織の作り方だ。以前は、その時点の環境に最適な組織を作ろうとしていた。しかし今は、変化が速すぎる。今の技術や社会に最適化した組織でも、固めてしまえば3か月後には役に立たない。だから今は、変わり続ける力を組織そのものに持たせることを目指している。
ここでも、南場氏はシリコンバレーを例に挙げた。半導体、PC、モバイル、SaaS、Web3、そしてAIと、技術の主役は入れ替わってきた。リーダー企業も入れ替わる。それでも、エコシステム全体はずっと活気を保っている。南場氏が目指しているのは、そういう組織だ。「固まったものを作らないように気をつけている」という言葉を、この日は何度も聞いた。
コリソン氏が語った、長く続けることの価値
後半、南場氏が聞き手に回る場面もあった。兄のパトリック・コリソン氏(Stripe CEO)と、どうやって一緒に会社を経営しているのか、という質問だ。コリソン氏は「南場さんは、Cheeky Pint(コリソン氏のポッドキャスト)の司会に向いている」と笑っていた。
コリソン氏の答えは、長く続けることの価値についてだった。NVIDIAは1990年代からGPUを作り続けてきた。コンピュータグラフィックスのためにGPUを作り、CUDAのような技術を育て、そこにAIの波が来た。AIの時代を計画していたわけではない。役に立つ技術を作り続けていたから、次の波に乗れたのだ。重要な課題に長く取り組み続け、途中で倒れたり、飽きたり、嫌になったりしないこと。それが大事だ、とコリソン氏は話した。
2人の役割分担についての見方も面白かった。よく言われるのは、ビジネス担当と技術担当のように、スキルが補い合う組み合わせだ。しかし、ジョン氏とパトリック氏を補い合わせているのは、性格の違いだという。パトリック氏は常に新しい大胆なことをしたがり、会社のお金を全部使いたがる。ジョン氏は、利益を出して責任ある経営をしたがる。その間の健全な緊張関係に、ちょうどよい答えがある、という話だった。
シリコンバレーから学べること
南場氏は今もシリコンバレーによく足を運ぶ。行くたびに感心するのは、スピードと野心だという。日本のスタートアップも既存企業よりずっと速いが、米国のスタートアップと比べると差がある。
そして、知識があふれ出していること。シリコンバレーでは、誰もが何でも共有する。南場氏は、行くたびにほぼ同じ人たちと会い、そこで最新の情報を得ている。
野心についての対比も印象的だった。日本では、野心的な人が変わり者扱いされることがあり、投資も集めにくい。米国では、最初から手堅いだけの事業計画を話しても、誰も耳を傾けない。大胆なアイデアを持つ人に、敬意が払われる。
コリソン氏はこの「知識のあふれ出し」について、こう付け加えた。シリコンバレーは、知識が煮えたぎる1つの大きな鍋のようなものだ。企業は知識を社内に留めようとするが、失敗する。AnthropicはOpenAIにいた人たちが創業し、OpenAIを創業した人たちはGoogleなどでAIに取り組んでいた。企業が秘密を守れないことこそが、シリコンバレーがうまく機能する理由の1つだ、という。
政府の役割について
最後は政策の話になった。南場氏は、日本政府がスタートアップの支援に熱心であること、17の重点分野への投資を進めていることを評価していた。経済成長を強く意識しているのはよいことだ。
一方で、どの分野に投資すべきかを政府が決めることが得意かどうか、そもそもそれが政府の役割なのかについては、疑問を投げかけた。コリソン氏も、歴史的に見て政府はそれがあまり得意ではない、と応じていた。
聴き終えて
45分の対談で、南場氏が最も多く使った言葉は「calcified(固まった)」だったと思う。固まったオペレーション、固まった組織、固まった労働市場。AIの時代には、固まったものはすぐに古くなる。
もう1つ持ち帰ったのは、「AIを導入しても、人は自然には動かない」という教訓だ。生産性が上がって浮いた時間は、放っておけば既存の仕事に吸収される。新しいことを始めたいなら、先に人を動かす。これは大企業でも、私たちのような小さな会社でも同じだと思う。
実は2013に出版された南場氏の本「不格好経営: チームDeNAの挑戦」を読んだことがある。結構印象的で、好きな本の一冊。今回、直接に南場氏のお話を聴けてとてもよかった。
登壇された南場氏、コリソン氏、そしてこの場を用意してくださったStripe Japanの皆さんに感謝したい。