キーワード詰め込みはもう通用しない──検索エンジンの進化とAIの登場
2000年代、ウェブサイトを検索上位に表示する方法は驚くほど単純でした。「レンタルオフィス」というキーワードをページに何度も書けば、それだけで検索結果のトップに近づくことができたのです。郡司武が振り返るように、当時の検索エンジンは「非常に単純なアルゴリズム」であり、キーワードの出現頻度がそのまま順位を決定する主要な指標でした。
しかし、この「キーワードスタッフィング」と呼ばれる手法は、検索エンジンの進化とともに急速に効力を失っていきました。Googleをはじめとする検索エンジンは、単なる文字列の一致ではなく、ユーザーの意図を理解し、真に価値のあるコンテンツを提供する方向へと大きく舵を切ったのです。この変化の核心には「セマンティック検索」(意味論的検索)という概念がありました。
「SEOという言葉はほとんどの国民の方はご存じないわけですね。じゃあイクバルさんのサービスをどうやって皆さんにお届けできるかという問題を解決するために、SEOという言葉を知らないと我々のページにアクセスできない。これは非常に不幸なことなわけですよね。」
郡司さんのこの指摘は、従来の検索の限界を象徴していました。ユーザーが「集客ができない」「サイトの訪問者数が増えない」といった悩みを抱えて検索しても、SEOという専門用語を知らなければ、適切なサービスに出会えない。このギャップを埋めるために、検索エンジンはキーワードの「意味」自体を理解する試みを始めたのです。
AIオーバービュー:検索の舞台がAIに移行する
そして2024年、検索エンジンの世界に再び大きな変化が訪れました。Googleの「AIオーバービュー」機能が本格化し、検索結果の最上部にAIが生成した直接的な回答が表示されるようになったのです。郡司が「検索エンジンの中で大きな変化があったのがAIオーバービュー」と語るように、これは単なる機能追加ではなく、検索のプラットフォームそのものがAIに移行しつつあることを示す転換点でした。
「検索エンジンの中にAIが支配的に介入するようになってきたと。そういう時にAIの専門家が私にとってとても大きな課題になってきまして。」
この変化は、従来のSEOだけで対応できない新たな課題を提示しました。AIが検索結果を「回答」として生成する時代には、従来のようにウェブページを「表示」させるだけでは不十分なのです。AIが正確に、かつ好意的にあなたのサービスやブランドを説明してくれるように、どう働きかけるかが重要になってくるのです。
意味設計とは何か──AIに正しく理解されるための新思考
この対談で最も重要なキーワードが「意味設計」です。私が「初めて出たのは郡司さんからだと思うんですけど」と指摘するように、これは郡司が提唱するAI時代のコンテンツ制作における新しいパラダイムです。
前提条件を明確にしないと意味は伝わらない
郡司が挙げた「今日暑いですよね」という日常的な会話は、意味設計の核心を示す絶好の例です。人間同士の会話では、この一言が何の脈絡もなく突然言われても、大抵の場合は問題なく理解できます。なぜなら、話している場所(東京のオフィス)、日付(10月3日)、季節(秋)、そして過去の体感温度という暗黙の前提条件が共有されているからです。
しかし、この会話をAIが分析した場合、どうでしょうか?
「もしこれが例えば私が南極で、今日暑いですよねっていう話をしました、あるいはサハラ砂漠のど真ん中で今日暑いですよねって話したってなってくると、全然意味合いが変わってくるわけですよね。」
まさにこの「前提条件」こそが、意味設計の最も重要な要素なのです。AIは人間のように暗黙の文脈を理解できません。だからこそ、コンテンツの中でその前提条件を明示的に設計してやる必要があるのです。
トランスフォーマーアーキテクチャが意味を理解する仕組み
この「意味設計」がなぜ重要なのかを理解するには、現代のAIがどのように言語を理解しているかを知る必要があります。郡司が説明する「トランスフォーマー」(Transformer)という技術は、その核心をなすものです。
「AIのトランスフォーマーって、キーとクエリとバリューという3つの関係性で意味を文脈を理解していこうという取り組みになるんですけれども。」
具体的には:
- クエリ(Query):問いかけや注目したい言葉(例:「冷たい」)
- キー(Key):視点や対象(例:「水」または「人」)
- バリュー(Value):その組み合わせによって生まれる価値や意味
「冷たい水」の場合、「冷たい」というクエリが「水」というキーを指すとき、そのバリューは「温度」になります。しかし、「冷たい人」と言った場合、同じ「冷たい」というクエリでも、キーが「人」であることからバリューは「思いやりがない」「優しさに欠ける」という全く異なる意味に変容します。
この仕組みは、AIが単なるキーワードの一致ではなく、言葉と言葉の関係性から意味を推測することを可能にしました。しかし、同時にこれはコンテンツの中でクエリとキーの関係性が不明確だと、AIが誤ったバリューを割り当ててしまうというリスクも孕んでいます。
SNSでの「切り取り問題」と意味の変容
このリスクは、私たちの日常を大きく揺るがす形で現実化しています。郡司が挙げた「参議院選挙時のSNS問題」は、その好例です。
「海外が世論を分断するために、実際起こった出来事としては12個ぐらいですかね、そのロシア製と言われる生成AIで、人間の感情の憎悪の感情を呼び起こすそのボットを積んだですね、そのSNS、そして何万個って言われる人為的に作られたアカウントがですね、ツイートする仕組みを作って、どんどんこうツイートして、世論を分断していくみたいな工作を行われて、それを削除しましたということをいわゆる討論番組の中で言及している中で、そのアカウントを消したっていうところだけ切り取られてですね、検閲だっていうような言説が広まっていたっていう背景があるんですよね。」
この事例で「アカウントを消す」という行為は、文脈によって全く異なる意味を持ちます:
- キーが「人間のアカウント」 → バリューは「検閲」「表現の自由の侵害」
- キーが「ボットアカウント」 → バリューは「安全保障」「世論分断の防止」
しかし、SNSではこの重要な前提条件(キー)が省略され、「アカウントを消す」という断片的な情報だけが拡散されてしまう。これがまさに文脈の切り取りによる意味の変容であり、現代のデジタル社会が抱える重大な問題の一つなのです。
AI時代のコンテンツ戦略──平均的な表現を超える
「AIってたくさん膨大なデータを取って、結局は例えば私の会社について書いてくださいと書いても、平均的な言葉と平均的な表現の仕方でしかできないっていうのはAIじゃないですか。」
私のこの指摘は、AIの本質的な特性を見事に捉えています。生成AIは、学習データの統計的なパターンに基づいて「最もありそうな」言葉を選択するため、必然的に平均的、普遍的、そして平凡な表現になってしまう傾向があります。
意味設計による差別化の実現
このAIの特性は、ビジネスにとって大きな課題です。あなたのブランドやサービスが、他の数千・数万の競合と区別されるためには、平均的ではない、明確に特徴づけられた表現が必要だからです。そこで意味設計が果たす役割は極めて重要になります。
「大事なのは相平均的な書き方と表現がなくて、明確に区別化っていうか、明確に書いて、ぴったりした表現の方が意味設計に沿ったっていうか。」
まさにその通りです。意味設計とは:
- 前提条件を明確化する(誰が、どこで、いつ、なぜ)
- クエリとキーの関係性を正確に定義する(何を、誰に、どう関連づける)
- 独自のバリューを明確に提示する(どんな価値を提供する)
この3つの要素を明確に設計することで、AIにあなた独自の意味を正確に理解させ、他とは異なるバリューを認識させることができるのです。
構造化データとの違い
ここで疑問に思う方もいるかもしれません。「それは構造化データ(Schema.orgなど)と何が違うのか?」と。
構造化データは、コンテンツの「種類」を機械が理解しやすくするための標準化されたマークアップです。例えば「これはレシピです」「これはレビューです」といった情報を明示します。
一方、意味設計はもっと根本的なレベルでの設計です。それはコンテンツが持つ文脈や意図、そして価値の関係性自体を設計する作業です。構造化データが「何であるか」を定義するなら、意味設計は「何を意味し、誰にとってどう価値あるのか」を定義するのです。
実践的な意味設計のステップ──今日から始められること
では、具体的にどのように意味設計を実践すればよいのでしょうか。郡司と私の対談から、以下のような実践的なステップを導き出すことができます。
ステップ1:前提条件の可視化
まず、コンテンツを作成する前に、その前提条件を明確にリストアップします:
- 対象ユーザー:誰に向けて書くのか?(例:スタートアップ経営者、個人事業主)
- 文脈:どのような状況・課題を抱えているのか?(例:集客できない、SEOの知識がない)
- 場所・時間:いつ、どこでこの情報が必要とされるのか?(例:日本、2024年、経済不況下)
- 目的:このコンテンツを通じて何を実現したいのか?(例:サービスを理解してもらう、問い合わせを促す)
ステップ2:クエリ・キー・バリューの明確化
次に、伝えたい核心メッセージをクエリ・キー・バリューの形で整理します:
- クエリ:ユーザーが抱える課題や欲求(例:「集客できない」)
- キー:あなたのサービスや製品(例:「SEOコンサルティング」)
- バリュー:提供する独自の価値(例:「20年の実績とAI時代の最新知識で、平均的な戦略とは異なる意味設計に基づく集客支援」)
ステップ3:文脈の断絶を防ぐ表現
SNSでの「切り取り問題」を防ぐため、重要な文脈を常に明示的に含めます:
- ❌ 「アカウントを削除しました」(キーが不明)
- ✅ 「ボットアカウントを削除しました」(キーが明確)
- ✅ 「世論分断を目的とした偽アカウントを、安全保障のため削除しました」(前提条件とキー、目的が明確)
ステップ4:AIによる検証と改善
最後に、実際に生成AIにコンテンツを分析させて、どのように理解されているかを検証します:
- 「この文章を読んで、どのようなバリューを感じますか?」
- 「前提条件として何が欠けていますか?」
- 「どのようなクエリに対してこのコンテンツは価値を提供しますか?」
このフィードバックを基に、意味設計をより明確にしていきます。
20年の付き合いが生んだ、運命的なコラボレーション
この対談が実現した背景には、私たち二人の長い付き合いと、AI時代のSEOに対する共通の危機感と展望があります。
郡司さんとは2007年から長きにわたり、ビジネスに関するご相談をさせていただいており、今回の対談も、当初1時間の予定が熱い議論の末、約2時間に及ぶ非常に有意義な時間となりました。
2024年12月11日、私たちは正式に協力関係を構築することを決定しました。郡司さんが代表取締役を務めるCONTENTS SEO LAB(東京都台東区台東1-9-4 5階)と、私が代表を務めるLaLoka Labsが運営するKafkaiは、AI時代のSEOにおける新たなパラダイム構築を目指します。
郡司さんは、2010年より一般社団法人全日本SEO協会で特別研究員として活動を開始し、論文発表や東京国際フォーラムなどでのセミナー開催を通じてSEOの啓蒙と発展に貢献してこられました。2011年以降は一般企業やSEO事業者向けのコンサルティングを本格化、2017年3月からはSEO検定審査委員会技術委員として試験や参考書籍の監修も手掛け、業界内で高い評価を得ています。
その研究成果は、Googleのアルゴリズムや特許情報に基づいた深い考察が特徴で、一般的なSEO情報や推測ベースの情報とは一線を画します。郡司さんが保持する特許(特開2018-116626、特開2018-101283)は、その技術的深度を物語っています。
そして2023年、郡司さんは「CONTENTS SEO LAB」を開業。より深い洞察とエビデンスに基づくサービスを提供されています。
「まさに諸葛孔明の話じゃないですけども、参考の例といいますか、それでイクバルさんにも本当にご開拓いただいて、今のコンテンツSEOラボの主任研究員としてこれからAIに対する技術、イクバルさんを中心にご指導いただくということで進めていく予定なんです。」
郡司さんのこの発言は、単なるビジネスパートナーシップ以上のものを感じさせます。2007年から始まった「10年弱」の付き合い、そして2024年の今、AIという新たなテーマをきっかけに、「別のレイヤーで進んできた者同士」が再び出会った。これはまさに、伝統的なSEOの知識と、最先端のAI技術という、異なる次元で培ってきた専門性が、今ここで交わる運命的な瞬間なのです。
私がPython財団のフェローとして活動するAIの専門家でありながら、郡司さんの「意味設計」という概念に「初めて出たのは郡司さんからだと思うんですけど」と衝撃を受けたことは、まさにこの新パラダイムの革新性を物語っています。それは、AI技術者でさえも気づかなかった、コンテンツとAIの関係性における本質的な課題を、20年のSEO実践の中から見出した郡司さんの慧眼の証でもあるのです。
次回に向けて──意味設計の実践編へ
本稿では、AI時代の検索エンジンにおける「意味設計」の重要性とその理論的背景を解説しました。しかし、理論を理解するだけでは不十分です。実際にどのようにコンテンツに落とし込み、どのように効果を測定し、改善していくのか──。
次回の第2回では、郡司さんと私が実際に手がけたプロジェクトをケーススタディに、意味設計の具体的な実践方法と、その効果を検証する手法について深掘りしていきます。特に、生成AIを活用して大規模コンテンツを制作しながらも、平均的な表現に陥らないためのテクニックや、構造化データと意味設計を組み合わせることで実現する、AIに最適化されたコンテンツの作り方について、実践的な洞察をお届けします。
AIが「支配的に介入する」検索エンジンの時代に、あなたのビジネスやブランドが埋没しないためには、もはや「キーワードの数」ではなく、「意味の質」がすべてを決定します。20年のSEO実績と最先端のAI技術が融合したこの新パラダイムを、ぜひ次回もご覧ください。
出演者プロフィール
郡司武(ぐんじ たけし)
約20年間のSEO実績を持つウェブ集客コンサルタント。キーワードベースの旧来のSEOから、セマンティック検索、そしてAI時代の「意味設計」まで、検索エンジンの進化を常に実践の最前線で見続けてきた。現在は、AI時代に適応した新しいSEOパラダイムの構築と普及に取り組む。
イクバル・アバドゥラ
WEBエージェンシーに特化したAI分析・コンテンツ自動生成サービス「Kafkai」を運営するLaLoka Labs代表。Python財団フェローとしても活動するAI技術者。生成AIの実用化と倫理的利用を推進し、郡司武さんとのコラボレーションにより、AI時代のコンテンツ戦略における技術的実装を担当する。
本シリーズは、YouTube動画「第1回 CONTENTS SEO LAB スペシャリストインタビュー 「SEOの現在地と課題」(全4回インタビュー)」と連動しています。動画では、本稿で紹介した内容に加え、詳細な解説を収録しています。ぜひ併せてご覧ください。
関連記事
このカテゴリには他の記事がまだありません。