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おにぎり屋からラーメン屋へ ―マレーシア進出の本音を語る懇親会―

イクバル・アバドゥラ
著者 イクバル・アバドゥラ
合同会社LaLoka Labsの創業者・CEO
おにぎり屋からラーメン屋へ ―マレーシア進出の本音を語る懇親会―

2026年5月17日(日)の夕方、クアラルンプール中心街ブキビンタン、パビリオンの裏手にあるみつのこと、河野光孝さん(Fannext)主催の懇親会に参加してきた。会場は河野さんが営んでいたおにぎり屋の跡地で、これからラーメン屋として生まれ変わる予定のスペースだ。

懇親会の趣旨は河野さんの告知ツイートに明記されていた。「おにぎり屋失敗した真相や裏話、次のチャレンジについて」。失敗を「戦略的ピボット」と呼んで美化せず、率直に共有する。この姿勢が夜全体のトーンを決めていた。

Flat noodles with minced meat and green vegetables in a white bowl. ラーメンの試食にぴったりの、太麺と青菜を合わせた盛り付け。

参加者

少人数だからこそ、全員と話せる。それがこうした会の真価だ。

  • 河野光孝さん(みつ):主催者。Fannext代表。ラーメン屋への業態転換を進めている。最近出版された令和の経営者本にも登場しており、その本を1冊いただいた。
  • 積田さん:マレーシア初訪問、しかも東南アジア自体が初めて。数日前に到着したばかりで、もう懇親会に参加しているフットワークの軽さがすばらしい。
  • 板倉さん:マレーシア在住数年。医療ツーリズム事業を展開している。
  • 小口さん:イベント運営とキッチンでの試食提供を一手に引き受けていた。
  • 安村さん:KLに来てまだ1か月。日本の会社にリモートで勤めながら、住まいと子どもの学校を探している最中。
  • その他、河野さんのネットワークから数名。

私自身は、マレーシア生まれ・東京在住29年という立場で参加。本業はKafkai(エージェンシーやブランド向けの競合インテリジェンスプラットフォーム)。サイドプロジェクトとしてPuchiDenというブラウザベースの国際発信通話サービスもやっており、今回は名刺を配って紹介させてもらった。

印象に残った会話のひとつが、安村さんとのものだ。KLに来てまだ1か月。日本の会社にリモートで勤めながら、移住で一番地味な部分、つまり定住先の住まい探しと、より切実な子どもの学校探しの真っ最中だという。インターナショナルスクールとローカル校の選択、雇用主が一国・生活がもう一国にまたがるときの税金の話、そして到着前には誰も教えてくれないこうした現実について話した。こういうミートアップが存在する意味は、まさにこういう人のためにあると思う。

今後のラーメンへの転換に合わせて、今回の懇親会で新メニューの試食を行った。参加者の中で唯一の現地生まれである私が意見を求められたため、考えていることを率直に述べた。以下は簡単な感想文だ。

なぜおにぎり屋はうまくいかなかったのか

河野さんの自己分析が鋭かった。日本のF&B事業者がマレーシアで陥りがちなパターンを正確に言い当てている。

立地はパビリオン裏のオフィス街。ランチタイムの客層は銀行員やオフィスワーカー中心。問題は、周辺の食事処が安くて早くて、しかも「座って食べる」スタイルだということ。おにぎりは設計上テイクアウト商品。この地域のランチ文化と単純にミスマッチだった。

もうひとつ根本的な問題があった。おにぎりの味付けが「日本人にとって美味しい」基準で作られていた。現地の味覚にローカライズされていなかったのだ。河野さんはこれを率直に認めていた。これは東南アジアに進出する日本のF&B事業者にとって最も重要な教訓だと思う。東京で売れる味と、マレーシアの客が二回買う味は別物である。

ラーメン屋への転換は理にかなっている。ラーメンはマレーシアでの認知度が高い。8〜10リンギの一杯のユニットエコノミクスは、オフィスワーカーのランチ予算にはまる。今回は日本からシェフ(海外でレストラン経験のあるパスタ系のシェフ)を呼び寄せて、数日でメニューを詰めるとのこと。

ハラルの制約が、すべての設計を変える

日本人事業者がマレーシアで過小評価しがちなのが、宗教と人口構成だ。

市場の約7割がムスリム。豚骨ラーメン(多くの日本のラーメンブランドの看板)を出すと決めた瞬間、その7割の需要を自ら放棄したことになる。残りの中華系・非ムスリム層を、その層に長年信頼を築いてきた既存店と争うわけだ。

問いはシンプルだ。豚骨原理主義者としてニッチに留まるか、持続可能な事業を築くか。後者なら数字が答えを出している。鶏ガラまたは牛骨ベース、ハラル認証または少なくともハラル対応にして、7割の市場を開く。日本にも醤油や塩のバリエーションは豊富にある。「日本らしさ」の妥協ではなく、市場規模の基本だ。

これはKafkaiでも繰り返し書いているテーマで、マレーシアと日本のスタートアップがAI時代にどう交わるかとも繋がる。

競合は他の日本食レストランではなく、ナシチャンプル

会で共有した有用なフレーミングがある。KLでランチ事業を始めるなら、本当の競合はナシチャンプルだと思う。

典型的なナシチャンプル(ご飯、メイン1品、野菜2品、ドリンク)が12〜14リンギで収まる。これがオフィスワーカーが平日ランチに割く心理的な価格上限を決めている。15リンギを超えた瞬間、客は「今日これでいいのか?」と考え始める。

これがメニュー設計のアンカーになる。高回転ランチ営業なら8〜10リンギ帯に着地させる必要がある。それより高い客単価を狙うなら「特別な機会」の理由付けが要る。マレーシアにもグルメ層は存在するが、「日本だから高くても売れる」と仮定するのはランウェイを焼き尽くす最短ルートだ。

私自身もマレーシアで過去2回、飲食店を出した経験がある。マラッカで洋食屋を2年ほど、その前にカフェも。どちらも同じ教訓を残した。マレーシアの客は品質に対してお金を払うが、価格と品質の基準は日本とはまったく違う。そして仕入れ、特に現地で揃わない食材の調達は、毎日のように利益を蝕む見えにくいコストになる。

人件費という隠れたキラー

もうひとつ過小評価されがちなのが、人材コストだ。マレーシアの最低賃金は月1,500リンギで、フルタイム、パートタイム、契約のいずれにも適用される。小規模カフェやレストランをマレーシア人正社員だけで回すのは計算が成立しない。多くの個人事業主はパートタイマー、学生、場合によっては外国の労働者を組み合わせている。

サービス業のスタッフ定着率は厳しい。ある程度スキルが身につくと、給料の高い競合先へ移ってしまう傾向がある。特にカフェ業界では、チェーン店などの体力がない個人経営のお店がとても厳しい状況だ。

持ち帰ったこと

2時間ほどで別の用事があり先に帰ったが、持ち帰ったことが3つある。

ひとつ目、失敗を率直に語る価値。河野さんは「戦略的進化」と呼ぶこともできたが、代わりに「なぜおにぎり屋がうまくいかなかったか」を主題にした会を開いた。この姿勢こそ、日本とマレーシアのビジネス回廊にもっと必要なものだし、マレーシアのテックコミュニティのTechtamuのようなイベントにも通じる空気だ。

ふたつ目、言語と文化の橋を双方向に渡る重要性。マレーシア進出を考えている日本人起業家は、橋渡し役を早めに見つけて、ちゃんと対価を払ったほうがいい。

みっつ目、プロトタイプを公開して食わせる。河野さんは試作中のラーメンをテーブルに出して、率直な感想を求め、メモを取っていた。塩味が強すぎる、辛さが過剰、スープは現地の味覚に合わせて調整が必要。こうやって商品はできていく。スライドの中ではない。

日本からマレーシアを見ている起業家も、マレーシアから日本を見ている事業者も、気軽に声をかけてほしい。

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