クレヨンしんちゃんが教える「視点の相対性」の問題
「クレヨンしんちゃんって、子供目線もあれば親目線、テレビ局目線、スポンサー目線があって、それぞれ視点によってバリューが変わってくるわけですよね。」
郡司のこの指摘は、現代のコンテンツマーケティングが抱える根本的な問題を象徴しています。同じクエリ「クレヨンしんちゃん」に対して、異なる視点は全く異なる価値を求めるのです:
- 子供視点:「面白いかつまらないか」
- 親視点:「教育に良いか悪いか」
- テレビ局視点:「視聴率が良いか悪いか」
- スポンサー視点:「宣伝効果があるかないか」
このように、同じコンテンツでも「キー」(視点)をどう設定するかで、「バリュー」(価値)はまったく変容します。しかし、私たちは日常的にこの前提を無視して議論してしまいます。「クレヨンしんちゃん、面白かったよね」と言うとき、それは子供目線なのか、親目線なのか、あるいは批評家目線なのか──。
「我々がコンテンツを作るときって、そういうものっていうのを結構無視して、クレヨンしんちゃん面白かったよかったよねとか、簡単に論じてしまうんですけれども。」
この「無意識の前提」こそが、AIや検索エンジンに正しく評価されない最大の原因なのです。人間は相手が同じ文脈を理解していると期待して会話しますが、AIはそうはいきません。AIは文脈を推測できないからこそ、前提条件を明確に設計してやる必要があるのです。
「こだわり」という曖昧な言葉の罠
「こだわりの水って言ったときに、じゃあみんな何を思い浮かべるのかって言ったときに、やっぱり人によってバラバラになっているところもあると思います。」
イクバルのこの指摘は、マーケティング現場における最大の落とし穴を突いています。「こだわり」「品質」「洗練」──これらの抽象的な言葉は、10人いたら10通りの解釈が生まれます。にもかかわらず、私たちはこれらの言葉を「伝わるもの」として使い続けています。
郡司が挙げた「江頭さん」の例は、意味が時間とともに変容する現象を示しています:
「10年前の江頭さん、現在の江頭さん、10年後の江頭さんっていうのは、全く僕らの中では存在が変わっていくわけですよね。本人はそのままの江頭さんね、全く自覚はなく、ずっとねやっぱりある自分たちのやり方ポリシー、パーソナライズされた個性に従って生きているわけですけれども、その僕らの見え方が変わってくるということですよね。」
この「本人の変化なき見え方の変容」こそ、コンテンツの「意味」がいかに文脈依存であるかを示す好例です。10年前は「気持ち悪い芸人の代表格」と見られていた江頭さんも、今では「親しみやすい存在」と評価されます。本人は変わっていないのに、社会の文脈が変わっただけで、バリューは完全に変容したのです。
事例研究:超軟水とおにぎり──曖昧さから具体性へ
最も詳細に語られた事例が、超軟水を使ったおにぎりです。これは「意味設計」の実践における完璧なケーススタディです。
レベル1 曖昧な表現(NG)
「うちはこだわりの水ですよ。こだわりの原材料使ってますよ。こだわりのおにぎりですよ。」
この表現の問題点は何でしょうか?郡司が指摘するように:
「うちはこだわりの水ですよ、こだわりの原材料使ってますよ、こだわりのおねぎりですよ、といったところで、AIには全く伝わらないし、消費者にもこだわらっているって言ったら漠然としていますよね。」
「こだわり」という言葉自体が曖昧なため、誰もが同じイメージを持てません。AIも、検索エンジンも、正確に評価できないのです。
レベル2 具体的水準(OK)
「うちは超軟水を使っています。超軟水はミネラル含有量が極めて少ない水です。」
これで一歩前進です。だが、まだ不十分です。なぜなら、「ミネラルが少ないことがなぜ良いのか」という視点によるバリューの変換が明確ではないからです。
レベル3 意味設計の完成形(最適)
「うちは超軟水を使っています。超軟水はミネラル含有量が極めて少ないため、お米に水分が深く浸透し、ふっくらと炊き上がります。ミネラルが少ないが故に、お米本来の香りと甘みが引き立つんです。」
この表現には、完璧な「クエリ・キー・バリュー」の連鎖が含まれています:
- クエリ:「どうやってふっくらしたおにぎりを作るか」
- キー:「超軟水」
- バリュー:「ミネラルが少ない → 水分浸透 → ふっくら炊き上がり → 香りと甘みの引き立ち」
このロジックチェーンにより、10人が10人、同じメカニズムを頭に描くことができます。AIも、検索エンジンも、正確に理解し、適切なクエリに対してこのコンテンツをマッチングできるのです。
消費者心理を動かす二つの鍵は、自己効力感とサンクコスト
イクバルが心理学の概念を持ち出したのは、意味設計が単なる情報整理ではなく、実際の購買行動を促すためのメカニズムであることを示すためです。
自己効力感 選択の自信を与える
「自己効力感っていうのは、ある意味自分の意思決定ですね、何を買うか、あるいは買うか買わないかっていうキロに立ったときに、自信を持って選択できるぞっていう自信度を持っている人を自己効力感って呼ぶんですけれども。」
この概念をマーケティングに応用すると、以下の流れが生まれます:
- 教育コンテンツ:「軟水と硬水の違い」「ミネラル含有量が炊飯に与える影響」といった情報を提供
- 知識獲得:消費者が選択基準を学び、自己効力感を高める
- ブランド関与:「このブランドが教えてくれたおかげで、賢い選択ができる」と感じる
- 購買行動:自信に満ちた状態で商品を選択
「今お水のことを勉強しました、軟水香水の違いも分かりました、おにぎりとの相性も分かりました、どんどん知識獲得すると自信が得られる、自己効力感高まる。」
このメカニズムは、単なる商品説明を超えた付加価値の提供として機能します。価格以外の基準で選べるようになることは、消費者にとって非常に幸せなことなのです。
サンクコスト効果 学習した知識を無駄にしたくない
さらに深い心理的效果が、サンクコストバイアスです:
「サンクコストバイアスっていうのがあって、ここまで自分は努力してきて、積み数えてきた、それを手放したくないって気持ちがあるんですね。」
消費者がコンテンツを通じて学習した知識は、彼らにとって投資です。たとえば:
- 超軟水の仕組みを学んだ時間
- ミネラル含有量の違いを理解するために費やした認知エネルギー
- 複数の選択肢を比較検討した労力
これらの投資を「無駄にしたくない」という心理が働き、結果として「学んだ知識を活かして、こだわりのおにぎりを試してみよう」という行動に結びつくのです。
「もうしてるから、ある程度もうしてるから、だからそれをうまく活用したいっていう株の中でもあるよね。」
まさに株の損切りができない心理と同じメカニズムが、コンテンツマーケティングでも有効に機能するのです。
価格競争を超える 新しい参照点の創出
「価格という唯一の選択肢しかない消費者、これよくコミュニティ化って言いますけれども、一般化されてしまって。」
郡司のこの警告は、多くのブランドが陥る典型的な罠を指摘しています。価格だけで選べる消費者は、いつでも他社に流れてしまう「コモディティ」になってしまうのです。
参照点の多様化
意味設計の真価は、価格以外の参照点を創出するところにあります:
- 水の場合:硬度(軟水・硬水)、ミネラル含有量、採水地
- 豚肉の場合:品種(三元豚、アグー豚、東京X)、飼育環境(自然飼育・小屋飼育)、産地(国産・輸入)
- おにぎりの場合:米の種類、炊飯方法、水質、海苔の品質、具材の出処
「一般的な消費者が価格でしか選べないのは、非常に不幸なことで、でもその人が例えば豚肉で言えば、最近とんかつ屋さんとかカレー屋さん行くと三元豚のとんかつカレーとかあるんですけども、あれは3種類の豚を掛け合わせたそういう売り込みになっているわけですよね。」
このように、選択肢の幅を広げる情報を提供することが、意味設計の核心なのです。消費者が「安いか高いか」だけで判断するのではなく、「どの基準で選ぶか」を学べるようになる。
競合分析の新しいアプローチ
「競合分析という話で考えたときに、私たちがブランドの側から見ていくと、その意思決定の中で人間というものは、どういう視点で、どういう選択をしているのかということを考えていき、その文脈の中で結局製品やサービスが選択されていくわけです。」
従来の競合分析は「相手が何をやっているか」を研究するものでした。しかし、意味設計における競合分析は、「ユーザーが何を基準に選択しているか」を解明する作業です。
この転換は極めて重要です。なぜなら:
- ユーザー視点の理解:ユーザーが実際に使っている参照点を把握
- 差別化の明確化:価格以外のどの軸で差別化できるかを特定
- コンテンツ戦略の設計:その軸に沿った意味設計を構築
「ですからまず競合分析というものを考えていくときに、我々がどういう視点でものを選んでいるのかということをまず解明していくということが重要で、一番シンプルで分かりやすいその選択肢視点というものは価格になるわけですよね。」
価格は最もシンプルな参照点ですが、同時に最も競争が激しい戦場でもあります。意味設計の目的は、もっと豊かで、もっと防御性の高い参照点を創出することなのです。
実践的な意味設計の適用手順
では、具体的にどのように意味設計を実践すればよいのでしょうか。対談から導き出される実践的なステップは以下の通りです。
ステップ1 前提条件の可視化
コンテンツ制作前に、以下の前提を明確にリストアップします:
- 対象ユーザー:誰に向けて書くのか?(例:食品メーカーのマーケター)
- 文脈:どのような課題を抱えているのか?(例:価格競争から脱却したい)
- 視点:誰の目線で語るのか?(例:生産者視点、消費者視点、専門家視点)
- 目的:このコンテンツを通じて何を実現したいのか?(例:水質という新しい参照点を創出)
ステップ2 クエリ・キー・バリューの明確化
伝えたい核心メッセージを整理します:
- クエリ:ユーザーが抱える課題(例:「どうやって差別化できるか」)
- キー:あなたの製品やサービス(例:「超軟水を使ったおにぎり」)
- バリュー:提供する独自の価値(例:「ミネラルが少ない → 水分浸透 → ふっくら炊き上がり → 香りと甘みの引き立ち」)
ステップ3 曖昧語の排除と具体化
「こだわり」「品質」「美味しい」といった曖昧な言葉を、測定可能な指標に置き換えます:
- ❌ 「こだわりの水」
-
✅ 「ミネラル含有量が30mg/L以下の超軟水」
-
❌ 「美味しいおにぎり」
- ✅ 「水分が米粒の中心まで浸透し、ふっくらとした食感が特徴のおにぎり」
ステップ4 文脈の断絶を防ぐ表現
SNSでの「切り取り問題」を防ぐため、重要な文脈を常に明示的に含めます:
- ❌ 「うちの製品は最高です」
- ✅ 「〇〇という課題を抱えるユーザーにとって、うちの製品は△△という点で最高の価値を提供します」
ステップ5 AIによる検証と改善
最後に、実際に生成AIにコンテンツを分析させて、どのように理解されているかを検証します:
プロンプト例:
「以下の文章を読んで、どのようなバリューを感じますか?
前提条件として何が欠けていますか?
どのようなクエリに対してこのコンテンツは価値を提供しますか?」
このフィードバックを基に、意味設計をより明確にしていきます。
20年の付き合いが生んだ、運命的なコラボレーションの深化
「まさに諸葛孔明の話じゃないですけども、参考の例といいますか、それでイクバルさんにも本当にご開拓いただいて、今のコンテンツSEOラボの主任研究員としてこれからAIに対する技術、イクバルを中心にご指導いただくということで進めていく予定なんです。」
郡司のこの発言は、単なるビジネスパートナーシップ以上のものを感じさせます。2007年から始まった「10年弱」の付き合い、そして2024年の今、AIという新たなテーマをきっかけに、「別のレイヤーで進んできた者同士」が再び出会った。これはまさに、伝統的なSEOの知識と、最先端のAI技術という、異なる次元で培ってきた専門性が、今ここで交わる運命的な瞬間なのです。
イクバルがPython財団のフェローとして活動するAIの専門家でありながら、郡司の「意味設計」という概念に「初めて出たのは郡司さんからだと思うんですけど」と衝撃を受けたことは、まさにこの新パラダイムの革新性を物語っています。それは、AI技術者でさえも気づかなかった、コンテンツとAIの関係性における本質的な課題を、20年のSEO実践の中から見出した郡司の慧眼の証でもあるのです。
次回に向けて──意味設計の実装編へ
本稿では、「視点の相対性」と「曖昧語の問題」を中心に、意味設計の実践的なアプローチを解説しました。しかし、理論を理解するだけでは不十分です。実際にどのようにコンテンツに落とし込み、どのように効果を測定し、改善していくのか──。
次回の第3回では、郡司とイクバルが実際に手がけたプロジェクトをケーススタディに、意味設計の具体的な実装方法と、その効果を検証する手法について深掘りしていきます。特に、生成AIを活用して大規模コンテンツを制作しながらも、平均的な表現に陥らないためのテクニックや、構造化データと意味設計を組み合わせることで実現する、AIに最適化されたコンテンツの作り方について、実践的な洞察をお届けします。
AIが「支配的に介入する」検索エンジンの時代に、あなたのビジネスやブランドが埋没しないためには、もはや「キーワードの数」ではなく、「意味の質」がすべてを決定します。20年のSEO実績と最先端のAI技術が融合したこの新パラダイムを、ぜひ次回もご覧ください。
出演者プロフィール
郡司武(ぐんじ たけし)
約20年間のSEO実績を持つウェブ集客コンサルタント。キーワードベースの旧来のSEOから、セマンティック検索、そしてAI時代の「意味設計」まで、検索エンジンの進化を常に実践の最前線で見続けてきた。現在は、AI時代に適応した新しいSEOパラダイムの構築と普及に取り組む。
イクバル・アバドゥラ
WEBエージェンシーに特化したAI分析・コンテンツ自動生成サービス「Kafkai」を運営するLaLoka Labs代表。Python財団フェローとしても活動するAI技術者。生成AIの実用化と倫理的利用を推進し、郡司武さんとのコラボレーションにより、AI時代のコンテンツ戦略における技術的実装を担当する。
本シリーズは、YouTube動画「第2回 CONTENTS SEO LAB スペシャリストインタビュー 「SEOの現在地と課題」(全4回インタビュー)」と連動しています。動画では、本稿で紹介した内容に加え、詳細な解説を収録しています。ぜひ併せてご覧ください。